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コラム
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第10回コラム『退職にあたって』   延岡高 前顧問 中村民生 先生
 教師生活が終わろうとする時、38年間の全てが走馬灯のように見えてくる。教師になった時、自分が真理から目をそむけないで生徒たちに本当のことを語ろう、自分が未来から目をそむけないで生徒たちに明日のことを語ろう、自分で理想を持ち生徒たちに胸を張らせようと教師生活をスタートしたものの,満足のいく教師生活が後れなかったことに悔いが残る。走り続けている時には、何もかもが通過点でしかないのに、明日を綴ることができなくなった時、過去の全てが行間を埋める。教師としての最後の荷物を置き、立ち去るものは次はその生涯という名の荷を受け止め、もう一度、旅に出ることになる。何もかもが通過点でしかないはずなのに、今後は時間の向こうに永遠というゴールがかすかに見える。甘い情熱や苦い思いやつばを飲み込むほどの後悔、無駄なことの連続だった空虚な時間も、しっかり気づいた足跡もすべてがいつかはゼロに帰り、すべてがゼロを埋めることを、私は知っている。今、重さを失ったその最後の荷物の中身が、先生方に支えられ、励まされ、信じあえた、「絆」であることに気づき、第二の人生へ出発させていただきます。
 さて、来年度から新しい給与制度見直しや公務員の削減などが問題とされ、賃金の引き下げや退職手当ての見直しも始まっています。さらに定率減税の廃止が打ち出されるなど、私達教師を取り巻く環境が厳しくなっています。私たちは教育の理想と現実との葛藤に悩みながらも、生徒たちと仲間に支えられ働いている。その協働でこそもっとも力を発揮できる学校現場に、新しく教職員評価制度が入り、人間関係がギクシャクしている。しかし、今は動力の潤滑油どころではなく、学校現場では歯車が噛み合わないうちに次の歯車を回しなさいと要望があるように思われる。今やらなければならないことは、じっくりと噛み合う相性のいい歯車を見つけること、社会の仕組みを上手く動かすための「人間」への潤滑油を大切にすること、しかしこのような状況だからこそおかしいと互いに本音を出し合い、そのおかしさを指摘し改善できる学校現場にすべきである。互いの悩みを共有し、支援できる教師の持つ優しさを大事にすべきだ。真理から決して目をそむけず、これからの生徒たちに勇気を与え続けられる「教師らしい教師より、人間らしい教師」が多くなることを期待する。
 残り少ない人生を「時に追われた生活から、水の如く、雲の如く、時には早く、時にはゆっくり、ゆっくりと」暮らしていきます。長い間本当にお世話になりました。心から御礼申し上げます。